COLUMN

2026.7.3

地方旅

温泉と金山の街、土肥(静岡県伊豆市)の旅②金山と講演

土肥の講演は午後だったので、その前に「山仙」から徒歩圏内の「テラッセ・オレンジ・トイ」と、土肥金山へ。

「テラッセ・オレンジ・トイ」というのは2024年にオープンした全国初の津波避難複合施設で、災害時には1200人の避難スペースとなるのだそう。お土産物屋さん、レストラン、カフェなどが入っていて、本当はここでランチの予定だったんですが、「山仙」の朝ご飯が想定外に多かったので、ランチはパス。海の眺めを堪能しました。この日朝までザアザア降ってましたが、お昼近くにはカラッと晴れて、いい眺め! 土肥は夕日の名所だそうなので、日暮れ時に行くのがオススメ。

土肥金山は2025年にテーマパークとしてリニューアルされたばかりで、初めて行ったので違いはよく分かりませんが、坑道内に新たに「50本の黄金の鳥居」が設置されたそう。坑道を歩いて金山の歴史を学べるようになっていました。

簡単に説明をまとめると、土肥金山の歴史は今からおよそ600年以上前の室町時代に始まり、江戸時代に徳川幕府直轄の金山として本格的に整備されたそうです。ということで、土肥金山の金が江戸の経済を支える重要な資源となって、土肥の街も繁栄した模様。1965年に閉山しましたが、佐渡金山に次ぐ生産量を誇り、本州最大級の金山だったとか。

あっちゃんによると、以前は250㎏の巨大金塊が展示されていて、その金塊を触れるのが一つの売りだったんだけど、金の価格高騰と共に管理コストが負担となって展示を終了しちゃったみたい。2005年の展示開始の時は約4億円の価値だったのが、最高約44億円まで跳ね上がったそうです。

坑道から出て、お決まりの?金箔ソフトクリームもいただきました。金沢も有名ですよね。金箔が口につくのがおもしろくて、写真と動画を撮って無邪気に遊んで、講演会場へ。

土肥を堪能したところで、お仕事、お仕事。講演のために来たんでした。会場に1時間前に着いたんですが、なんとすでに十数人来ていて、「ボランティア」の方々とのこと。実は全部で20人も来ないと思っていたので、ちょっとびっくり。そしたらどんどん増えてきて、最終的には80人くらいに。皆さんお知り合いのようでワイワイ楽しそう。始まる前から記念撮影したり、大きなお花をもらったり、控室があったり、「山仙」もそうでしたが、おもてなしっぷりがすごすぎて、圧倒されました。韓国ドラマのパワーなのか、この地域の人たちのお人柄なのか…。

講演タイトルは「ドラマでわかる韓国社会-歴史ドラマから現代ドラマまで、韓国の今を読み解く」。実は『現地発 韓国映画・ドラマのなぜ?』には歴史ドラマの話はあまり書いてなかったんですが、提案されたタイトルのすべてが歴史ドラマにまつわるもので、ああ、歴史ドラマがお好きなんだなと思って準備しました。

地元紙の伊豆日日新聞も取材に来てくれて、なぜか従姉にも取材してました。どういう経緯で実現したのか、と(笑)ちゃんと掲載紙も送ってくれました。

前日、あっちゃんと話していて、去年放送された韓国ドラマ「交渉の技術」で静岡ががっつり出てきた話をしたら、全然知らないとのことで、急きょ講演資料に追加しました。明らかに静岡のPRのような感じで富士山とか修善寺とか出てきたので静岡の人はさぞかし喜んで見ただろうなと思ってたら、会場で見た人を聞くと、一人も手があがらず(笑)「交渉の技術」、私けっこうはまって見てたんだけどな。

楽しく講演を終えて、帰る時、エレベーターが閉まる直前に誰かが「ソ・ジソプに会ったらよろしく!」と叫んでました(笑)ちょうどソ・ジソプ主演ドラマ「キム部長」始まりましたよね。

土肥の関係者の皆様、大変お世話になりました! 大抵の講演は韓国文化院とか大学とか、ちゃんと予算のある主催者なんですが、今回は地域の方々が有志で開いてくれて、温かいおもてなしにこちらが癒されっぱなしでした。韓国ドラマがこんなふうに人と人をつないでくれるんだと、感無量の旅でした。

2026.7.1

地方旅

温泉と金山の街、土肥(静岡県伊豆市)の旅①温泉民宿「山仙」

6月、伊豆半島の西の方、土肥という所へ行ってきました。読み方は「とい」です。

目的は講演と温泉と美味しい海の幸でした。従姉の友達のあっちゃんが土肥の出身で、私が2023年に出した本『現地発 韓国映画・ドラマのなぜ?』(筑摩書房)を読んでくださった地元の方から韓国ドラマについての講演の打診を受けたけど来られるかと、あっちゃんから連絡をもらい、「喜んで!」と受けたのですが、あっちゃんが「ほんとに??」とびっくりしたのでびっくりしました。

あっちゃんがびっくりしたのは、「遠い」から。私は基本的に韓国に住んでいて、たまに東京に戻るけど、土肥は東京からもけっこう遠いとのこと。韓国映画・ドラマの講演で日本へ行くことはちょくちょくあって、東京、大阪、名古屋、福岡、奈良、神戸…などなどけっこう各地を訪ねているので、静岡も私としては「東京の隣」くらいの感覚でした。

何より、温泉があって、海の幸も美味しいと聞いて、半分旅行気分でした。そして行く前に調べると、土肥は金山も有名だということが分かり、土肥金山へも足を延ばしました。

泊まったのは、温泉民宿「山仙」。あっちゃんの実家です(笑)。従姉の友達というと、普通はそんなに近い関係じゃないと思われそうですが、大阪で何度か一緒にご飯に行っただけでなく、韓国の済州島にも一緒に旅行に行った仲です。

講演に合わせて普段は大阪に住んでいるあっちゃんも従姉も伯父も来てくれて、週末だったので東京の夫も合流。東京から新幹線で三島へ。そこからレンタカーで土肥へ。レンタカーに乗ってナビを入力して初めて、あっちゃんの言っていた「遠い」の意味が分かりました。三島から1時間半もかかる、と。なるほどなるほど。

宿に着いたらもう夕暮れ時だったので、ちょっと休んで、宿のお部屋で晩ご飯。お刺身、エビフライ、煮魚、鍋、茶わん蒸し、グラタン…おもしろいほどいっぱい運ばれてきて、極めつけは伊勢海老のお刺身! でっかいのが一人一匹ずつ出てきて、目を丸くしていたら、「これは彩が来たので特別」とのことでした。そりゃそうだ。とはいえ、「山仙」は美味しい料理が食べきれないほどいっぱい出てくることで知られています。

お酒は何がいいと聞かれて「日本酒!」と言ったら、地酒をいろいろ準備してくれて、飲みきれなかったので残りはありがたく持ち帰ってきました。

もうもう、大満足。おなかパンパンになって、あとはお風呂に入って寝るのみ。

お風呂は一人で入れるお風呂が三つ(?)あって、露天風呂もあったけども、私は富士山の絵があるお風呂に。もちろんお湯はミネラルたっぷりの土肥温泉のお湯。気持ち良かった! さらっとしたお湯でしたが、翌朝起きたら肌がすべすべになっていて「美肌の湯」と呼ばれるのも納得。土肥温泉は江戸時代の金山開発中に発見されたんだそうです。

ちなみに朝ご飯も大量に出てきて、約1時間かかって平らげました。

2023.3.8

地方旅

南原の旅②1882年の朝日新聞に「春香伝」!

3月6日にオープンしたこのサイトですが、お褒めの言葉のほとんどが「デザイン」で、うれしいのはうれしいけども、中身もちゃんとしないと「箱だけ」になっちゃう。ということで、ちゃんと南原の旅の続きを書きます。

2月に訪れた南原は「春香伝」の舞台として知られる街で、最も有名なのが広寒楼(광한루、クァンハンル)。「春香伝」といえば、パンソリの演目の一つだが、繰り返し映画化されている韓国で最も有名なラブストーリー。私が初めて見たのはイム・グォンテク監督の「春香伝」(2000)だったが、それ以前にも何度も映画になっている。イム・グォンテク監督の「春香伝」ではモンリョン役をチョ・スンウが演じていた。これがチョ・スンウのデビュー作で、デビュー作からカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、レッドカーペットを歩いた。

朝鮮時代、両班(ヤンバン)と呼ばれる上流階級の息子モンリョンと、妓生の娘、春香(チュニャン)の身分を超えた愛。2人が出会ったのが、広寒楼だった。モンリョンが都へ行っている間、春香は新たに赴任してきた悪代官に迫られるが、貞節を守り、怒った悪代官に投獄される。南原に戻ってきたモンリョンは春香を助け出し、2人はめでたく夫婦となって幸せに暮らすというお話。
韓国で人気の物語の典型と言われていて、いわゆるシンデレラ・ストリー。最近はだいぶ変わってきたが、少し前まで韓国ドラマは財閥御曹司と一般家庭の、あるいは貧しい女性主人公とのラブストーリーが多かった。
広寒楼は池のほとりに建っていて、私が行った2月は池の一部が凍っていた。寒かったけど、広々とした広寒楼苑という庭園になっていて、ゆっくり散策を楽しんだ。敷地内の「春香館」には「春香伝」にまつわる様々な展示があり、一番びっくりしたのは、「朝日新聞」だった。

なんと1882年の朝日新聞に「春香伝」が連載されていた。朝日新聞は1879年に創刊なので、創刊して間もない時期。どういう経緯で「春香伝」が連載されたんだろう…。今度調べてみます。

2023.2.11

地方旅

南原の旅①薩摩焼のルーツを訪ねて

全羅北道・南原(ナムウォン)に行って来た。韓国で最も有名なラブストーリー「春香伝」の舞台として知られる街だが、今回の目的は、薩摩焼のルーツを訪ねて「沈壽官陶芸展示館」に行くこと。残念ながら館内は写真撮影が禁止だった。

さて、知ってる人は知ってる話だが、鹿児島の薩摩焼を代表する沈壽官(ちんじゅかん/심수관)は、現在15代。もともとは朝鮮半島がルーツだ。豊臣秀吉の命による2度の朝鮮半島への侵攻、文禄・慶長の役。文禄の役が1592~1593年、慶長の役が1597~1598年。と、日本では言うようだけども、韓国では1592~98年を壬辰倭乱(임진왜란, イムジンウェラン)と言い、そのうちの97~98年を丁酉再乱(정유재란, チョンユジェラン)とも言う。ちょっとややこしい。

とにかく、慶長の役(丁酉再乱)の時に南原から連れてこられた陶工たちの中に、沈壽官の先祖、沈当吉がいた。という縁で、南原に「沈壽官陶芸展示館」があると知り、訪ねてみた。

沈壽官については、おそらく司馬遼太郎の『故郷忘じがたく候』で知ったという人が多いと思う。私もたぶんそうなんだけど、今年1月、日本帰国中にたまたま日本橋高島屋で「薩摩焼十五代沈壽官展」をやっていて、十五代のギャラリートークもあるというので、聴きに行った。

今ちょうど沈壽官にまつわるドキュメンタリー映画を日本で撮っていて、ギャラリートークにも監督はじめ撮影チームが来ていた。その関係者から、南原にも展示館があるというのを聞いた。

「沈壽官陶芸展示館」は、春香テーマパークの中にあった。春香伝とは関係ないんだけども、南原に行って分かったのは、南原はどこもかしこも春香〇〇というネーミングだらけ。

展示館の玄関には十四代沈壽官の胸像があった。館内にはたくさんの歴代沈壽官による薩摩焼が展示されていて、薩摩焼の歴史年表など詳しい説明、映像も。それによれば、薩摩焼が世界的に知られるきっかけとなったのは1867年のパリ万博だったそう。幕末から明治へという時期を考えれば、薩摩藩だったというのも、大きかったんだろうな。

私はまだ鹿児島の沈壽官窯には行ったことがなく、今年は行こうと思ってる。館内に展示されてる写真の中には、盧武鉉大統領(当時)と小泉純一郎首相(当時)が十五代沈壽官と共に撮った写真もあった。写真説明は沈壽官窯に訪れた時の写真となってたけど、調べると、たぶん2004年の鹿児島で開かれた日韓首脳会談の時、茶会に十五代も同席して一緒に撮った写真みたい。盧武鉉大統領は沈壽官窯を訪れてるけど、いくら調べても小泉首相と一緒に訪ねたというのは出てこないから、展示館の写真説明が間違ってる。こういうのちゃんとしてくれないと困るな。

私が中高生の時には「豊臣秀吉の朝鮮出兵」と習った気がするけど、それも数行だったかな。でも、韓国に来てみると、壬辰倭乱はすごい存在感で、そもそも光化門のど真ん中に李舜臣(イ・スンシン)将軍(文禄・慶長の役で朝鮮水軍を率いた将軍)の像があるほど、歴史的ヒーローだ。今回、沈壽官をきっかけに壬辰倭乱についても学び直そうと思います。

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